Loading...

HISTORY

チームの歴史

1997

関西学生Div.3 E 2勝2敗 3位

鈴木氏(上智大OB)がコーチに加わりスタートした1997年。しかし、いきなり大きな壁にぶち当たる。帝塚山大。ここまで負け無しの相手にまさかの敗戦。さらに、ここ数年ブロック内でのライバルチームであった大阪経法大にも敗戦。92年のブロック変更以降初めて3位に沈むこととなった。
---------------------------
【関西学生Div.3 E】2勝2敗(3位)

主将:義本(#90 DT)

1997年 戦績

メンバー表

1996

リーグ優勝・入替戦に出場するも敗退、Div3残留

プレーヤー75名、マネージャー9名、総勢84名という大所帯になった和歌山大にとって、チームの目標は「Div2昇格」ではなく、「Div2で通用するチームになる」ということになりつつあった。

1996年、コーチとして山田氏(神戸大OB)を迎える。秋季リーグ戦を4勝0敗で乗り切り、3年ぶりのブロック優勝を果たして挑んだ4年ぶりの入替戦。結果は神戸学院大に7‐41の完敗。2度目の挑戦でも結果は残せなかった。(西宮球技場)
-------------------
【関西学生Div.3 E】4勝0敗(優勝)
入替戦敗戦・Div3残留

主将:吉田(#83 TE)

1996年 戦績

メンバー表

1995

関西学生Div.3 E 3勝1敗 2位

昨年度の借りを返すべく挑んだ1995年シーズン。和歌山大は開幕から3連勝を飾り、ブロック優勝まであと一つとなった第4戦で大阪外大(現:大阪大)に退けられ、2年連続で優勝を逃す。

1992年から1995年までの4年間でチームは大きく変革した。人数が増え、スクリメージにもなかなか参加できなくなるような大所帯になった。ミーティングやスカウティングといったグラウンド外での準備にも時間を割くようになった。それは、目の前に立ちはだかる「Div2」という高く大きな壁を強く意識し始めたという事であった。
------------------------
【関西学生Div.3 E】3勝1敗(2位)
主将:奥田(#75 OT)

1995年 戦績

メンバー表

1994

関西学生Div.3 E 3勝1敗 2位

3年連続でのブロック優勝が命題となっていた1994年。秋季リーグ戦を2連勝して迎えた大阪経済法科大との第3戦は前半終了時点で7-33。後半に粘るも28-40で敗れ、3勝1敗(2位)でシーズンを終了。

---------------------------
【関西学生Div.3 E】3勝1敗(2位)
主将:大坂(#32 FB)

1994年 戦績

メンバー表

1993

2年連続のブロック優勝を果たすが、入替戦出場決定戦で敗戦

創部10年を迎え、監督というポジションを廃止し学生主導でのチーム作りでシーズンに臨んだ1993年。
関西学生リーグDiv3と名称変更された秋季リーグ戦で2年連続のブロック優勝を果たすが、入替戦出場決定戦で大阪教育大に完封負けを喫し、シーズンが終了。(伊丹スポーツセンター)
-----------------------
【関西学生Div.3 E】4勝0敗(優勝)
入替出場決定戦敗戦

主将:宮川(#1 CB)

※高野山大学と10周年記念試合 創部10周年祝賀会(於:和歌山東急イン)

1993年 戦績

メンバー表

1992

リーグ優勝・入替戦に出場するも敗退し、3部残留

ブルー・リバース時代を知る部員がいなくなったこの年、和歌山大は3部中ブロックで、大阪経済法科大・徳島大・帝塚山大・宝塚造形芸術大の4チームとリーグ戦を戦うこととなった。

緒戦の帝塚山大戦を完封で飾ると、そのまま全勝で初のブロック優勝を果たす。リーグ加盟後4年目での事だった。その後の入替戦出場トーナメント2試合(vs大阪国際大、滋賀大)を勝ち抜き、初の入替戦に進出。

神戸商科大(現 兵庫県大)との入替戦(於:西宮球技場)は、QB梶原の活躍で1Qこそリードを奪うものの、26-45で敗戦。初挑戦での昇格はならなかったが、この優勝を境にチームとして「2部」を現実として見極めることが出来るようになる。
-----------------------
【近畿学生3部 中】4勝0敗(優勝)
入替戦敗戦 3部残留

主将:西川(#5 SS/R)

1992年 戦績

メンバー表

1991

近畿学生3部南 1勝4敗 5位

ヘルメットに初めてロゴマークのデキャルを貼った1991年。
榎本晋也新監督(愛媛大OB)のもと、秋のリーグ戦に臨むも、天理大・大阪工大・阪南大に連敗。その後の大阪商大戦でシーズン初勝利を挙げ、リーグ加盟後初のシーズン2勝目を目指し、前年引分けの大阪外大(現 大阪大)戦に臨んだ。しかし、3-24と完敗し、1勝4敗(5位)でシーズンを終えた。
2部昇格はおろか勝ち越しさえ難しく思えたリーグ加盟後の3年間であった。
------------------------
【近畿学生3部 南】 1勝4敗(5位)
主将:小松(#24 RB)

1991年 戦績

メンバー表

1990

体育会理事会にて同好会から体育会に昇格

リーグ戦3敗1分と未勝利のまま迎えた10/28の万博球技場。岩井監督の勇退試合でもある大阪商大との最終戦で勝利を収め、1勝3敗1分(4位)でシーズン終了。

--------------------------
【近畿学生3部 南】1勝3敗1分(4位)
主将:田中(#63 RG/LB)

※10/24、体育会理事会にて同好会から体育会に昇格承認

1990年 戦績

メンバー表

1989

関西学生連盟正式加盟 、近畿学生リーグに初参加

昭和から平成へと元号が変わった1989年。近畿学生リーグ3部南ブロックでの秋季リーグ戦参加が決定。
9/15の万博サブグラウンド。和歌山大ブラインド・シャークスにとって公式戦緒戦、大阪外大(現 大阪大)を相手に加盟初のタッチダウンを奪うものの6-19で敗戦。しかし、チームとして踏み出した一歩は力強く大きなものだった。
3連敗で迎えた10/15の長居球技場(現キンチョウスタジアム)。兵庫医科大から1Qに先制TDを奪い、4QにもTDで加点。ディフェンスは完封でリーグ加盟初勝利を挙げる。
リーグ加盟1年目は1勝4敗(5位)でシーズンを終えた。
--------------
【近畿学生3部 南】1勝4敗(5位)

主将:藤岡(#34 LB)

※8月に初の単独チームとしての合宿
 関西学生連盟正式加盟、近畿学生リーグに初参加

1989年 戦績

メンバー表

1988

関西学生連盟準加盟、チーム名をBLIND SHARKSに

1988年春、和歌山大アメリカンフットボール同好会「ブルー・リバース」にとって大きな転機が訪れる。部員数9名であったところへ10名のプレイヤーと2名のマネージャーが入部。初の現役学生のみで単独チーム結成が可能になった瞬間であった。
さらにこの年、和歌山大学体育会に準加盟し、大学間定期戦ともいえる和滋戦に、オープン競技として初参加したが、結果は0-44の惨敗。
この段階までのチームとしての方向性は、プライベート・リーグへの参加であった。
ある日、岩井茂和監督(大商大OB)は部員全員を集めてこう言った。「本気で勝ちたいのか?」全員が頷いた。そして、関西学生リーグに参加することを決定した。

チームカラーをBlack&Silverに変え、ニックネームをBLIND SHARKSとして生まれ変わった。
-----------------------------
初の和滋戦 和歌山大 0‐44 滋賀大
8月に高野山大学と合同合宿
関西学生連盟準加盟、チーム名をBLIND SHARKSに変更
11/23  和歌山大 36‐6 大阪経済法科大

主将:藤岡(#34 LB)